「オオタニサン、FA契約の如何」。
この記事を書き始めたのは6月下旬頃でした。
今年の野球界で最も注目度の高い話題を取り上げるために、懇切丁寧に記事を作成していました。
その矢先、とんでもないニュースが飛び込んできました。
「大谷翔平、右肘内側側副靱帯損傷」
衝撃でした。
心にぽっかり穴が空いたようでした。
ちょうどこの日、マイク・トラウトが復帰して1日で再度故障者リスト入り、エンゼルスのプレーオフ進出確率が0.0%になったこともあり、本当に落ち込みました。日本中のあらゆる野球ファンも、同じ気持ちだったと思います。
北米4大スポーツ史上最高になるとされたFA契約も、怪我により彼の市場価値が傷ついたことで、従来の予想とは少し違ったものになるでしょうか。
ここで一句。
春はあけぼの。夏は夜。秋は夕暮れ。冬は契り交渉のころ。スコット・ボラスがその手腕を存分に発揮す。あるじは戦々恐々とす。金遊びの始まりなり。
みなさんこんにちは! 情緒不安定なDJイッショウです。
メジャーリーグのレギュラーシーズンも残すところあと3週間ほどになりました。
10月のポストシーズンが終われば本格的にオフシーズンに突入します。
当初よりオオタニサンの契約は複雑なものになると予想されていましたが、今回の怪我によって予想はさらに難しいものになってしまいました。
この記事ではオオタニサンの契約に関して考えられるいくつかのシナリオを整理してみたいと思います。
シナリオ① 従来の予想通り、10年5億ドル以上の契約を結ぶ。
シナリオ② 9年3億5000万ドル〜4億ドル規模の契約を結ぶ。この際、契約2年目〜3年目にオプトアウト権(契約を解除し再度FAになることができる権利)を付ける。
シナリオ③ 3年1億5000万ドル規模の契約を結ぶ。この際、各年にオプトアウト権を付ける。
それでは個々のシナリオについて深掘りしてみましょう。
【①10年5億ドル以上】
①は靭帯損傷を考慮してなお、オオタニサンが北米4大スポーツ史上最高の契約を結ぶに値すると判断された場合に実現するシナリオです。
オオタニサンにとって最も理想的だといえるでしょう。
しかしながら、この契約はチーム全体にとって理想的であるかといえば必ずしもそうではありません。大型契約にリスクはつきものですが、その中で最も考慮しなければならないのは、メジャーリーグ機構が課す贅沢税の存在です。
贅沢税とは、チームの総年俸がある基準額を超えた場合に課されるペナルティのことです。
もしシナリオ①のような契約を結ぼうものなら、10年間に渡り5000万ドル以上が贅沢税計算上の年俸に組み込まれることになります。
例えば2024年の基準ですと、基準額は2億3700万ドルなので、オオタニサンの年俸が5000万ドルであった場合残りの選手に支払う年俸の合計を1億8700万ドル以下に収めなければペナルティが課されることになります。
つまり1人の選手に莫大な年俸を支払えば、他の選手に資金を回しづらくなり、良い選手を集めることが難しくなります。
こうした状況はチームの長期的な低迷に繋がりかねません。
彼が2人分の活躍をしてくれている間は許容できるものかもしれませんが、今回のようなケースが重なり二刀流としてプレーすることができなくなった場合、年俸5000万ドルはいよいよチームの重荷になります。
オオタニサンがクリス・デービス、ライアン・ハワードのように「死刑囚」だの「不良債権」だの呼ばれる世界線はマジで見たくありません……。
さらに重要なのは、ペナルティはドラフト指名権に対しても課されるということです。
総年俸が基準額を大幅に超過した場合、翌年のドラフト最上位指名権が10位低下します。
ペナルティが金銭だけで済むのであれば、ヤンキースやメッツ、ドジャースといった金持ち球団は痛くも痒くもないでしょう。
しかしドラフトはチームの将来的な戦略を考える上で根幹となるものです。
オオタニサンと史上最高の契約を結ぶのであれば、将来的なチーム編成に悪影響が及ぶ覚悟をしなければなりません。こうした状況を踏まえますと、仮に5億ドル規模の契約に達するとしても、出来高制を含めたものになるでしょうか。
【②9年3億5000万ドル〜4億ドル、契約2年目〜3年目にオプトアウト権付き】
シナリオ②は、マイク・トラウトが2019年シーズン開幕前に結んだ12年4億2650万ドル、2022年オフにアーロン・ジャッジが結んだ9年3億6000万ドルの契約を参考にしました。
(WHIP やら WAR やらなんぞやという方はこちらをご覧ください)
契約直前の3年間の成績を見比べてみますと、オオタニサンの打撃成績はメジャーリーグ最高峰の2人とほぼ同等か若干劣る程度。加えて彼は投手としてエース級の活躍を続けていましたので、総合指標WARではオオタニサンの傑出度が見て取れます。
しかしながら、契約を結んだ際の年齢がトラウトは27歳、ジャッジは30歳であったこと、オオタニサンが現在29歳であること、靭帯損傷の影響などを考慮すると、現実的にはシナリオ②程度の契約規模に落ち着くのではと思います。
球団側がさらに譲歩する場合、投手としての復帰が見込める契約2年目〜3年目にオプトアウト権を付与することで、オオタニサンが二刀流として満足のいくシーズンを送ることができた場合再度FA市場に挑戦できるよう配慮する可能性もあるでしょう。
仮に成績が振るわずオプトアウトを選択しなくとも、オオタニサンは確実に3億5000万ドル〜4億ドルを手にすることができます。
先述した贅沢税の影響なども考慮すれば、個人的にはこのシナリオが球団・オオタニサン双方にとって最善ではないかと考えています。
【③3年1億5000万ドル、各年にオプトアウト権付き】
シナリオ③は、各球団が提示する契約条件にオオタニサンが満足しなかった場合、暫定的に結ぶであろう契約です。2021年オフにカルロス・コレアが結んだ3年1億530万ドル(各年にオプトアウト権付き)、マックス・シャーザーが結んだ3年1億3000万ドルの契約を参考にしました。
カルロス・コレアはFA直前のシーズンに148試合出場、打率.279、HR26本、OPS.850、プラチナムグラブ受賞と、文句なしの成績を残しFA市場に出ましたが、過去の故障歴から耐久性に懸念が示され、彼の望むような3億ドル以上の契約を手にすることはできませんでした。
そこでミネソタ・ツインズと3年1億530万ドル(各年にオプトアウト権付き)という契約を結び、彼の市場価値が上昇したタイミングで再度FA市場に挑戦しようとしました。
結果、彼は契約初年度に136試合出場、打率.291、HR22本、OPS.834という素晴らしい成績を残し、オフにオプトアウト権を行使して契約を解除、最終的にツインズと6年2億ドル(最大10年2億7000万ドル)で再契約しました。
オオタニサンの怪我が相当深刻に受け止められた場合、コレアが置かれたような状況になってしまう可能性があります。
ただ、オオタニサンが金額をそこまで重視しているのかということについては疑問符がつきますし、加えて今オフのFA市場がオオタニサン一強であることを踏まえますと、このシナリオが実現する確率はそこまで高くないと思います。
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ここまでオオタニサンの契約について実現し得る三つのシナリオを整理してみました。
個人的には「オオタニサンが史上最高の契約を結ぶのを見たい!」と思いつつ、「将来を考えたらもう少し小規模な契約でも良いのかな……」なんて右往左往しています。
ただここで戒めておかねばならないのは、彼が常に我々の常識を超えてくる存在だということです。2021年のシーズン開幕前、オオタニサンがMVPを獲得すると予想していた人はどれほどいたのでしょうか。彼が結ぶ契約についても、彼の将来についても、同じことがいえるかもしれません。
このように予防線を張ったところで、本記事の締めとさせていただきます。
最後にオオタニサン靭帯損傷のニュースが流れた翌日、ジェフ・パッサン記者がESPNに寄稿した素晴らしい記事を一部抜粋して紹介させていただきます。
拙い訳ですので原文を見たい方はこちらからどうぞ。
「この3年間、大谷翔平がフィールド上で過ごした全ての時間が贈り物だった。」
「1世紀に渡り、選手は投手か打者かどちらかを選択しなければならなかったが、彼はゲームが何たるかを変えてしまった。」
「彼は到達点にいた。彼こそがベースボールだ。」
「彼にとって最も手強い相手は、対戦する選手達ではなく、彼自身の身体だった。靭帯は伝説のことなんて気にかけてくれやしない。」
「ダブルヘッダーの2試合目、彼はすでにトミージョン手術が必要になるかもしれないこと、2か月後に控えるFA契約がより複雑なものになってしまうことを知っていた。その事実を知った今、元気そうに見えたあの瞬間は、心の痛むものになってしまった。」
「5回裏、大谷はツーベースを打った。セカンドベース上では大型ルーキーのエリー・デラクルーズが大谷を待っていた。デラクルーズは大谷の腕を何度か突いた。『本当に実在しているの?』と言っているかのように。」
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「大谷がどんな人間か知りたいのなら、デラクルーズが彼を突いてきたときのリアクションを見れば良い。彼の置かれた状況を考えたら、何をしても良かったはずだ。ただ大谷は笑顔を見せ、デラクルーズの素晴らしいパフォーマンスを称賛した。日本とドミニカの少年達を繋いだのは、ベースボールという言語だった。」
「5年前、彼が今回と似たような状況に置かれたとき、彼は誰も見たことのない素晴らしいベースボールプレーヤーに進化して戻ってきた。彼の将来を疑うことの責任は、あなたにある。」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
【Photos】
・Shohei Ohtani (52251772728) by Mogami Kariya CC表示-継承2.0
<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shohei_Ohtani_(52251772728).jpg#/media/File:Shohei_Ohtani_(52251772728).jpg>
・WER 4002 Scott Boras by MissChatter CC表示2.0
<https://en.wikipedia.org/wiki/Scott_Boras#/media/File:WER_4002_Scott_Boras.jpg>
・Chris Davis (17163846435) by Keith Allison CC表示-継承2.0
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・Ryan Howard (18689970748) (cropped) by Keith Allison CC表示-継承2.0
<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Ryan_Howard_(18689970748).jpg#/media/File:Ryan_Howard_(18689970748).jpg>
・Aaron Judge throwing (36250907173) by Keith Allison CC表示-継承2.0
<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Aaron_Judge_throwing_(36250907173).jpg#/media/File:Aaron_Judge_throwing_(36250907173).jpg>
・Mike Trout (51005083877) by Jeffrey Hayes CC表示2.0
<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mike_Trout_(51005083877).jpg#/media/File:Mike_Trout_(51005083877).jpg>
・Shohei Ohtani (52251828753) by Mogami Kariya CC表示-継承2.0
<https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shohei_Ohtani_(52251828753).jpg#/media/File:Shohei_Ohtani_(52251828753).jpg>
【References】
・BASEBALL REFERENCE, https://www.baseball-reference.com, viewed 11 September 2023
・spotrac, https://www.spotrac.com, viewed 29 August 2023
・‘Passan: Ohtani’s magic season cut short by injury’, ESPN, https://www.espn.com/mlb/story/_/id/38249798/shohei-ohtani-ucl-tear-magic-jeff-passan, viewed 25 August 2023